全ての始まりは模倣である

昨日は支部稽古会の稽古納めでした。寒くなると冬眠する人が多いのですが、昨日は少し参加者が多かったです。学校が冬休みに入って少し余裕が出てきたのかな?
 

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というわけで、昨日の稽古相手は殆ど(6人中5人)が高校生以下でした。そして、昨日もJKにボコられ、凹んで帰りました。稽古納めだと言うのに、凹んで帰ることになるとは・・・

終わり良ければ全て良しとは言いますが、あんまり良い一年ではなかったのかもしれません。気を取り直して、今後のことについて前向きに考えてみたいと思います。
 

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弱点を克服したい

どうもね、肩書に弱いんですよ。特にJKという肩書とか。ちょっと違いますかね。どうしてこんなに打たれるんだろう?っていうくらい打たれるんですよ。

昨日に限って言えば、JK意外にもボコボコにされたんですけど。息子とは3本勝負をして綺麗に打たれるし、娘にも初太刀で完璧な出小手を打たれるし・・・

良いとこ無しですわ。

良かったところというと、T川五段に面が何本か当たったことと、男子高校生に殆ど打たれることが無かったということくらいですね。男子高校生の方が明らかにスピードがあるのですが、そんなに打たれませんでした。

逆に、そんなにスピードの無いJKにはボッコボコにされるんですよ。参りましたね。どうにかしてこの弱点を克服したいとは思うのですが、何ともなりません。

昨日も、攻めてるつもりなのに、反応が無い。そして、我慢できずに打ってしまう。そうすると簡単に返される・・・という繰り返しでした。あぁ、情けない。

しかし、高段者の先生方の稽古を拝見していると、実に上手に捌いている印象を受けます。何が違うのでしょう?攻め?予測?我慢???今度じっくり観察してみたいと思います。

例えばこちらの動画。高校生と先生の稽古風景のようですが・・・

う~~~ん・・・
ちょっと違うんですよね。もっと手数が多いんですよ。こういうタイプならそれ程苦手ではありません。多分。いつも打たれるのは、自分では打たないような間合いで打たれたりとか、タイミングをずらされたりという感じです。
 

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コピーとオリジナル

学ぶという言葉は元々真似をするという意味だったと聞いたことがあります。「まねぶ」→「まなぶ」に変化したということですね。つまり、学ぶことは真似をすることなのです。

ということなので、高段者の先生方の真似をすれば良いということになりますが、これがなかなか難しい。デジタルのコピーというのは非常に簡単なのですが、アナログのコピーというのは同じようにできないものですよね。

いわゆる模倣というやつです。

ウォルテールという人がこんなことを言っています。

上手な模倣は最も完全な独創である。~ヴォルテール~

模倣を馬鹿にしてはいけません。全ては模倣から始まっているのです。赤ちゃんが言葉を覚えるのも大人の模倣。日本の産業が発展しているのも模倣から更に進化したものですよね。

とは言え、偽物というわけではありません。お隣の国に行くと、偽物のブランド品なんかも沢山販売されていますが、ただの偽物で終わってしまうのは非常に勿体無い。その技術を更に磨いてオリジナル商品にすれば良いのです。

つまり、上手な模倣こそが、自分のオリジナルになり得るということ。模倣をしていくと、必ず乗り越えられない壁にぶつかるそうです。その壁にぶつかってからの創意工夫によって自分自身のオリジナルが確立するというわけですね。

しかし、剣道の場合は形だけを模倣しても完成形には程遠いでしょう。ですから、その人の心理状態まで模倣する必要があるのではないかと考えます。実に難しいことです。竹刀を持って構えたら何も考えられなくなりますしね。

どうすれば良いのでしょうか?

とりあえず、年始早々講習会があるので、そこで何かヒントが掴めれば・・・と思っていますが、来年もまだまだJKにはボコられそうです。

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ABOUTこの記事をかいた人

剣道錬士六段のしがないサラリーマン。
子供と一緒に稽古をするのが唯一の楽しみです。